思い出書いておくブログ

なんの取り柄もない33歳のブログ

世の中を凌ぐ(1)【生まれたときの話】

忘れちゃいけないことを、たくさん忘れてきた気がする。

過去の事や思い出を忘れていることが多い。

よく奥さんに「中学の時にさぁ!」とか、同級生に「サッカー部の時にさぁ!」

と言われても分からないことが結構ある。話を詳しく聞いているうちに段々と思い出す始末だ。

 

ロケット鉛筆みたいに、年を取るにつれてポロポロ抜け落ちていくのはもったいない気がするから少しづつ残していこうと思う。

 

子供の時の記憶なんてもう、ほとんどない。

 

何とか生まれたときからの記憶を思い出すと

一番古い記憶は保育園、幼稚園ぐらいになる。

 

もう記憶にはないが、生まれたときは千葉にいたらしい。

父親はそれなりの会社を経営していた。

 

当時、母は専業主婦でポインセチアの水やりが趣味だった。

あとシクラメンが好きだった気がする。

 

姉は12歳でなんかいい小学校か中学校に行っていた。

 

お手伝いさんもいる傍から見れば裕福な家庭だったのだと思う。

 

しかし、父の事業が失敗して父の実家がある栃木県のボロい住宅に自分が2~3歳の時に引っ越してきたらしい。

 

ちょうど自分の記憶があるのはそのころから。
千葉の時の記憶は全くない。

 

家はすごくぼろかったことを覚えてる。
平屋で2LDKくらいだった気がする。

ボットン便所で臭かった。

そのボットン便所にテレビのリモコンを

落としてものすごく怒られた記憶はある。

 

父には叩かれたことはなかったけど、母には毎日のようにビンタされていた気がする。今のご時世だったら絶対に虐待に認定されるくらいビンタされていたと思う。
花の水やりが趣味だったらしいがその時はそんなものは育てていなかったはずだ。
母も仕事をしていたから。心の平穏がないと植物を育てようとも思わないのだろう。


だけど、父も母も姉も大好きだったと思う。

 

書きながら思い出してきたのだけど、2~3歳の時両親が共働きになり僕は保育園に預けられていた。

その時に問題児過ぎて入園拒否をされたと誰からか聞いた。

友達のおもちゃを全部奪う。泣く・叫ぶ・噛む。など無法者だったようだ。

保育園の人から、

「この子はろくな大人にならない」

「家庭環境に問題があるのではないか」

と言われ、退所?したとかしなかったとか。

 

それで、母はそのとき働いていた仕事をやめ

田んぼとかを僕をおぶりながら歩いていたらしい。

 

不思議なものだけど、ビンタされている記憶は覚えているのに、そんな記憶は全く覚えていない。人は自分がされた嫌なことは忘れないのだろう。逆に愛情や優しくしてもらったことは忘れやすいのだと思う。自分の子供が5歳くらいになるまでは楽しい記憶だけで満たされているようにしてあげたい。自分が覚えている記憶がほとんどビンタだから。

 

あと、そのぼろい家の目の前には、一人暮らしのおばあちゃんが住んでいてよく遊びに行っていた気がする。なんか変わっている人だったのか、よく遊びに行っていたけど母と姉にはいい顔をされなかった気がする。

 

そのおばあちゃんとよくイナゴを目の前の田んぼにとりにいって、甘く煮たやつを食べていたことは覚えてる。今はやりの昆虫食だ。今は絶対に食べないと思う。

あと、つくしとかタンポポの葉っぱみたいな雑草もそのおばあちゃんとよく食べていた気がする。

きっと、周辺の家々の経済環境はあまりよくなかったのだろう。

 

ジョンという白くて大きい秋田犬を自分の家の庭で飼っていて、

餌を食べているときにホオズキを入れようとして噛まれたことを今でも鮮明に覚えている。すごくヨボヨボのおじいちゃん犬だった、たぶん僕が幼稚園の年中くらいの時に老衰で死んだ。当時は訳も分からず、悲しさとかはなかった気がする。

ただ、姉が死んだジョンをずっと抱きかかえてワンワン泣いていたことは覚えてる。

 

 

不思議なことにこの時期の父の記憶がほとんどない。

保育園ではほんとにクソガキだったのに、すごく泣き虫でよく「泣くな!!」って言われて母にビンタされていたと思う。

よくガムを飲み込んでるのがバレてビンタされたり

卵焼きを食べているときにせき込んで口からスクランブルエッグをまき散らしてビンタされたり、嘘ついてビンタされたり、ビンタされた記憶は多い。

しかもほっぺにミミズ腫れができるくらいの勢いのビンタ。

 

気づけばビンタの記憶ばかりだ。

自分の子供にはあまりビンタはしないでおこう。

 

だけど、どこの家もビンタが当たり前だと思っていた。

 

後覚えているのは、いつもオーバーオールを着ていたこと。

おしっこを庭でしたときに、勢い余ってちんちんの皮をオーバーオールのチャックに巻き込んでしまって泣きながら姉に助けてもらったような気もする。

 

このようにホントの幼少期の記憶は、嫌なことや痛いこと悲しいことの方が刻まれるのだと思う。

 

父には一度も殴られたことはなかったし優しかった記憶はあるけど、

それは小学校位からの記憶である。

 

こんな感じで、書ける時に書いていこうと思う。